大人の発達障害なパートナーの気持ち、別居してみれば見えるかも?
前回の話し合いから1ヶ月後に、もう一度話し合いを試みました。
前回、「私は寂しい」と訴え、家族と会話をしてくれるようにお願いしたけれど拒否されたので、今度はもっと具体的に「困っている」ということを伝えてみました。
具体的に困っていることを伝えてみたけれど
あなたの部屋が足の踏み場もない状態になっていることに困ってる。
その大きな原因が、次々に本を買い続けていること(毎日毎日、アマゾンから本が届く…)だと思う。
本を読むことは否定しないけれど、場所を占領しているという点で実害があるので、もう少し買うのを減らしたり、持っている本を処分したりできないだろうか、と相談してみました。
答えは「できない」。
夫はかたくなでした。
夫はただ私が困っていることに気がつかないだけで、「これに困っている」と伝えれば、対処しようとしてくれるものと思っていました。でも、まったく歩み寄ろうとしないことに再びショックを受けました。私のために、頑張ろうとはしないんだな、と。

夫にとって私はなに?
カサンドラの人のブログを読めば読むほど、ASDの相手に歩み寄ってもらうのは無理っぽいことが分かってきます。
でも、そういうのをいくら読み込んでもわからないのは、夫の私に対する愛情があるのかないのか。もう、面倒な存在にしか感じていないのかなぁ、という気がしてきました。
あるブログに、「ASDの夫にとって妻は自分の『手』みたいなもので、自分の体の一部だからいちいち共感しようとしたり気遣ったりしない」と書かれていました。
なるほど、と思うものの、夫には当てはまらないかもしれないと思いました。
だって、手って失くしたら困るものですよね…。
夫にとって私は、いなくなっても困らない人になっているような気がする。だから「別れたほうがいいかもね」なんて言ってくるわけですよね。
夫にも自分の気持が分からない?

私としては、彼が私を必要としていたり一緒にいたいという気持ちがあるなら、それに応えたいという気持ちもあって、だからウダウダと悩むのです。
夫の態度を見る限り、彼は私を必要としていないらしい。でも、それを信じていいのか迷います。なんとなく、夫自身が自分の気持ちを分かっていないんじゃないかと思うから。
とりあえず別居してみれば、夫は「妻や子どもがそばにいない寂しさ」に気づくかも。そんなことも考え、少しずつ別居に気持ちが傾いていきました。
※夫は、私から見て発達障害の特性に当てはまるものを多く持っているというだけで、医師の診断を受けたわけではありません。義母は特に疑問を持たずに育ててきたようですし、普通に就職して働いているので、検査しても診断は下りないかもしれません。
私は、今のところ夫が「発達障害かどうか」はあまり気にしていません。ただ、発達障害のことを知ってから、それに特性に近い個性や性質を持っている夫のことを以前よりは理解できるようになったと感じています。そんな私の視点で過去を振り返ったり、今現在の別居という形での夫婦のあり方の模索の様子をお伝えすることが、同じような悩みを抱いている方のお役に立てればと考えています。